新緑の候 生きる意味を考えながら歩く

昨日は午後から、いつもの河原へお散歩に出かけました。

春から初夏へすっかり衣替え

いつものように、食べ過ぎ気味の昼食を終え、少しでもそのカロリーを減らそうと、

昨日は、久々のお散歩に出ました🚶‍♀️

坂を下って河原を見上げると、そこにはすっかり初夏に衣替えした木々の姿が。

天気が良かったので、下からも草花たちのむせかえる匂い。

菜の花に群がるモンシロチョウたちが忙しそうに飛び回っていました。

5月はもっとも生命力を感じる季節

お散歩してると思うのです。

5月は生命力を最も感じる季節。

木々が芽吹き、花々が色づき、その生命力を見せつけてきます。

私の苦手な虫たちも一斉に活動開始です。

そんな中、歩いていると、自分も自然の一部のような気になってきます。

宇宙規模から見ると、自分も含め、なんてちっぽけな生命たち。

しかしそれらの生命がまた、地球という命を繋いでいるひとり。

そんな想いを抱きながら

木々たちの溢れるパワーを思いっきり吸い込んできました〜。

歩きながら”生きている意味”を考える

散歩しながら、ひたすら無心で歩くことも多いのですが、昨日はその生命力を強く感じていたこともあり、

生きている意味

などという、壮大なテーマを考えながら歩いていました。

なぜなら、私がブログを書くきっかけにもなった ”りっつんブログ”を読んだからです。

5月1日の投稿で、「人間が生きているのはなぜ?」というテーマで書かれており、

その文章に答えを得た気がしたからです。

ブログの中でりっつんさんは、立花隆さんの著書を紹介されており、

そこから人間が生きる意味を、考え、述べられているのですが、

私が感銘を受けたのは

思考の遺伝

という言葉。

一人の人間は連続体の一つ。

その言葉には、肉体という生命を絶やさず繋ぐ、という意味だけと捉えていましたが、

進化し、繋いでいくのは肉体だけでなく思考も遺伝され、進化していくのだ、という考え。

つまりは、どんな人でも、必ず誰かに影響をあたえながら生きている。

そして、ほんの小さな思考のかけらであっても、その思考は蓄積、遺伝され、その連続が人間を繋いででいく。

そこに血縁などは関係ない。

私の中にストンと落ちた気がしました。

誰もが思考の遺伝によって形成され、誰かに影響を与え続けていく。

だからこそ、知を広げることに意味があるのだ、と。

そうか、子育て終わった無職の自分にも、歳をとった未来の自分にも、生きる意味はあるのだ。

ならば、歩き続けよう、そして、勉強しよう。地球、人類のカケラであることに違いないのだから。

何事も、目の前の小さなところではなく、

大きなところに目を向けると、正解があるのです。

そしてこのように影響されることこそ、まさに、思考の遺伝なのでは?

と真面目に考える、風薫る5月なのであります(๑╹ω╹๑ )

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