今日は義父の三回忌であります。
二年前のこの日、日本はコロナで大騒ぎし始めた頃、父は天国へ旅立ちました。
散々お世話になり、大好きだった父。
父の人生において、私が少しでも何かを与えることができたのだろうか。
いただくばかりだったのではないだろうか。
何のお返しもできないないまま、
不運にも、息子の怪我の手術と重なり、葬儀にも出席できなかったのです。
その後も世界はコロナ騒ぎ、思うようにお墓にも行けない状態です。
忘れ物
そんな父の命日。特に丸二年が経ったこの日、
仏教の世界ではなぜか三回忌という節目の日にもかかわらず、
忘れてしまっていたではないですか!!
自分がほんと情けない。
長野の実家にせめて花でも。。。と思ってたのに。
慌ててネットで注文するも、当然、本日には届かず、明日になってしまいました。
お父さん、ごめんなさい。
あー情けない( i _ i )
心ばかりの供養、思い出すのは電話の声
今朝は後悔の1日の始まりですが、本日は父を思い出し、心ばかりの供養をしようと思うのです。
父とは結婚して以来、約20年のお付き合い。
当初から、様々なことを気にかけてくれ、私にたくさんの話をしてくれました。
その内容は政治や経済から派生し、根幹は生活のこと。
いつも子供達の生活、特に経済的な部分を心配してくれていました。
が、もともと経済に疎い私はチンプンカンプン。
話の途中、眠たくなって船を漕ぐこともしばしば。
失礼(( _ _ ))..zzzZZ
最後、入退院を繰り返していた頃には、時折電話がかかってきて、私に株式投資のススメ。
これも、私には全く知識がなかったので、その受け答えに、父はなんとも歯痒かったと思いますが、
夫が父の株を引き継いだのをきっかけに、私も投資を始めることができ、今では、
あー、お父さん生きていたら、株の話、もっと聞きたかったなぁ。と悔やまれるのです。
私に株を熱心に進めていた頃の父からの留守電が、未だ我が家の電話に残っていて、
消せずにいます。
家族を亡くした時、私が一番思い出すのは、その声。
特に自分の名を呼んでくれる、その声です。
いつまでも耳から消えることのない、呼びかけに、
自分の中に確かにその人が存在することを、実感するのです。
お父さん、今日は世界市場は大荒れ、今後日本株はどうなって行くのでしょう、と
聞いてみたいのです。