命日に思う

今日は姉の命日です。

25年前のこの日、30歳の若さで旅立っていった姉。私もまだ27歳でした。

あれから四半世紀。

世の中、すっかり変わってしまうほど、大量の時間が流れました。

もう周りでは、姉が知らないもので溢れています。

流れる時の中で、言葉では上手く表せない、感情のカケラたち。

私の中で積み重なったり、消えていったり、突如降り注いでくる新参者も、未だにいます。

その発見に戸惑ったり、考え込んだり。

とても一言では言い表せないけれど、

その大半は”悲しみ”です。

悲しみは時間と共に薄れていくものと、より鮮明になるものがあると思うのです。

大切な人を亡くした悲しみは、より大きなものとなって、今の私の中にいます。

姉は天国へと旅立ちましたが、その事実は、どんなに美化、浄化しようとしても、

私の中に”悲しみ”として永遠と存在し続けるのです。

姉がこの世に残していったもの。

ならば、

悲しみくん、一緒に生きよう。

そう決心しました。

悲しみとともに、今を生きることもまた、

私の人生なのだ。

ということで、本日も一生懸命、生きようと思います!

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